エムエスツデー 2005年8月号

計装 今昔ものがたり

第8回 PID物語

早稲田大学 理工学総合研究センター 客員研究員 深町一彦

 PIDというと、本来は制御の主要3動作、比例動作、積分動作、微分動作のことでしたが、今ではプロセス制御の制御ループの代名詞のようになっています。ここに至る道程(みちのり)を振り返ってみます。  

指示/記録調節計

 今日のプロセス制御のPID制御機能の原型はいつ頃できあがったのでしょうか。

 昭和4年に日本石油が下松(くだまつ)に、小倉石油が横浜に総合製油所を完成し、そのとき米国からU字管式流量調節計、液面調節計、調節弁などを輸入したという記録があるそうです注1)

 また、10年くらい前まではカラオケのリストにもあった軍歌「空の神兵」は、太平洋戦争開戦早々の昭和17年2月、スマトラのパレンバンに落下傘部隊が降下して製油所を占領したときの歌です。ここで占領した米欧の製油所の計装設備には目を見張ったそうです2)

比例調節計と比例帯

 わが国で独立した製品として生産されるようになったのは、戦後のようです。北辰電機の年表に終戦の直前、昭和20年3月「比例引戻式空気圧式流量調節記録計完成」という漢字だらけの文字が並んでいます。比例引戻式とは制御機構の中にフィードバック機能をもたせて比例動作を実現したメカニズムです。当時の調節器は大型の指示計か記録計に組み込まれていて、設定と指示のそれぞれの指針と連動して作動する仕組みが大部分でした。ふたつの指針からリンク機構を使って偏差を動きとして取り出していました。

図1 比例調節計原理図 図1は、昭和28年、当時を代表するアマチュア向け電子技術雑誌「無線と実験」の発行社、誠文堂新光社が出版したベストセラーの実用書「コントロールエンジニア」(全4冊)に載っていたHoneywell社の空気式比例調節器の原理図です。紙も印刷技術も不充分な時代の図で見にくいですが、図の詳細よりも時代を味わってください。図中、偏差として動かねばならないところが、単純に測定値の指針に直結していますが、原作者の勘違いでしょう。比例調節機能の効き具合は、フィードバックベローズの動きを伝えるリンク機構のレバー比を変えることで調整する仕組みになっています。調節機能の効き具合は、目盛り盤の上で設定指針と指示指針が、ある偏差まで離れて、バルブが全閉/全開する限界を目盛り幅(%)で表し、比例帯と呼んでいます。計器の目盛り指針の調整と一緒に、調節器の調整もした時代に生まれた言葉なのでしょうか。

 フィードバック制御はプロセス制御だけでなく産業界全域で非常に広く使われている技術ですが、比例帯という言葉はプロセス制御以外には使われていません。一般には、(出力の変化)/(入力の変化)を示す制御理論用語のゲイン(増幅度)をもって表しています。比例帯の意味するものはその逆数です。比例帯はプロセス制御の用語としてそのまま定着して、DCSにおいても、使われたり使われなかったりしています。フィールドバスの時代になり、すべての情報を工業単位のデジタル数値で処理することが可能になると、目盛り幅という概念がなくなるので、比例帯という言葉も使われなくなるのかもしれません。

オートリセットとレート動作

 比例動作だけの制御では、ハンチングを生じないように比例帯を加減して調整すると、設定値と指示値の間に必ずオフセットと呼ばれる偏差が残ります。当初は、この偏差を解消するために、機械的に設定値をずらせてやるリセット機構が付いていました。このオフセットを自動的に解消してやる機構として、積分機能が登場します。

 図2は、同じく「コントロールエンジニア」に掲載されたHoneywell社のエヤオーライン、比例積分調節計の原理図です。比例動作のためのフィードバックベローズと同じ形のべローズが対向して組み付けられており、ふたつのベローズは可変絞りを介して連結され、中は封液が満たされています。制御動作が働くと、まず比例動作用のベローズが動き、やがて、封液が絞りを通して徐々に移動し、対向するふたつのベローズは最後には平衡して、比例ベローズの引き戻し機能は小さくなり、ゲインがゆっくりと上昇してオフセットを解消してゆきます。当時は、自動的にオフセットをリセットするのでオートリセットと名づけられていました。図3は、山武ハネウエル社によって国産されたこの記録調節計の写真です。古いものですが、大学の実習室に保管されていました。  微分動作は、レート動作と呼ばれて、空気圧の伝達を遅らせる機能を比例動作用のベローズに行く空気回路に挿入して形成されました。つまり、プロセス値に急な変化があった場合には比例動作のフィードバックがすぐには働かず、ゲインが高くなり、徐々に通常の比例帯のゲインに近づく仕組みです。

 やがて、小型計装の時代になりコンパクトな調節器ができ、電子式(アナログ)調節器の時代になります。この頃になると、PIDの3動作が一体に作りこまれているようになり、上に述べたような各機能のユニットは一体化され、外観からは見分けられなくなります。PID制御は、マイクロプロセッサを搭載した調節計や、DCSの時代になってもそのまま継承され、制御動作の基本形として定着しています。

図2 比例積分調節計原理図図3 比例積分調節計

PIDパラメータの調整

 PIDの各パラメータの数値は、今でも調節器にとって重要な仕様であり、その値を決める調整法についてはいろいろな方法が発表されていますが、実用上はもっと安易に、制御結果を見ながら各パラメータを適当に増減して最適と思われる値を探すようになり、数値そのものには余り関心が払われなくなっています。

 中には、調節器を購入したが、工場出荷のままで取り付けて、1年以上パラメータの調整をしていなかったなどという例も見られるほどに、PIDの調整は等閑(なおざり)にされる風潮もあります。

 10年以上前に実際にあった話ですが、あるプラントで計装の上位にコンピュータを導入して操業の合理化を図ろうとしたとき、それに先立って、既存の調節器のPIDパラメータを調整しなおしたところ、それだけで、コンピュータ導入を待たずして、操業の効率が著しく改善されたそうです。上司に何といって報告したらよいか担当者は悩んだことでしょう。

オートチューニング

 最近は自動的にパラメータを設定するオートチューニング・セルフチューニングが通常になり、使う側にとってPIDの調整は一層関心が遠のいているようですが、結婚式場の写真家はオートフォーカスなどに頼らず入念にセットして撮るように、ここ一番の制御ループは、充分な関心をもって調整することが必要でしょう。

◆ 参考文献 ◆
1) 早大理工総研シンポジウム/ セミナー[計装]2、三浦 高弘
2)「石油技術者たちの太平洋戦争」、 石井 正紀、光人社  


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